管理人の紹介

プロフィール概略
【名前】きよすたいる
【出身】大阪
【性格】落ち着いていると見せかけ無関心なことが多い
【職業】小学校教員
【所有免許】小学校
中学校(技術)
高校(工業)
普通自動車(中型車は8tに限る)
普通自動二輪
【目標】俺は、「マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)」になる!
【趣味】家庭菜園
【愛車】ninja250
【家族構成】妻・娘・娘・息子の5人家族
「若干名って何!?」
高校を卒業し、「中学校の技術の先生になりたい」という夢を叶えるために、教育学部の大学に無事に入学することができました。
大学では、寮に入りました。入学式までには、何人もの友達ができ、明るい未来が見えていて、楽しい大学生活をスタートさせました。
大学生活もなれてきたころ、4年生の先輩方の多くは、採用試験に向けて勉強を頑張っていました。
寮には、小学校を目指す先輩・中学校を目指す先輩・高校を目指す先輩・支援学校を目指す先輩といろいろな方がおられました。
そんな先輩方と話をしていると、「採用人数」や「倍率」の話になりました。
気になって調べてみると・・・中学校の技術は、「若干名」との表記。新規採用されなかった年が何年もありました。
と、入学してからすぐに絶望の気分を味わったのですが、半年もするとそんなことは忘れて、大学生活を満喫しました。
自分が選んだコースは、中学校技術と高校工業の免許をとれるのですが、4年生になっても採用数は変わらず…将来、仕事がないことに不安を覚え、「小学校」の免許を取ることを決意!
大学5年目の半年間は休学し、小学校の採用試験のために時間を費やし、後半の半年間でギリギリ免許をとることができました。
何とか採用試験に合格し、4月から「小学校の教員」として働くことができるようになりました!
「利き手じゃなくてよかったなぁ~」
小学校の教員として働くことになりました。地元・大学から遠く離れた地になったので、場所もわからない、知っている人もいない。そんな環境でのスタートでした。
任されたのは、4年生の担任!ベテランの先生と少し年上の先生の3人で学年を組みました。初任者が1人だけということもあり、いろいろな先輩教員からかわいがってもらえました。
いざ教壇に立つと…
準備したはずなのに、忘れてしまった。
想定外の行動しとるわ。
何したらいいんだろう。
などなど、大変なことだらけ!学年の先生をはじめ、いろいろな先生方に良くしてもらい毎日を何とか乗り切ることができました。仲良くなった先生とは、毎月飲みに行きためになる話をしてもらいました。
初めてのボーナスにウキウキし、ドラッグスター(バイク)を買いました。
給食は、山盛り食べました。
夜ご飯は、食べたいものを食べ、晩酌をして過ごしました。
結果、10㎏太りました。
冬休みには、スノボーに行きました。
脱臼骨折しました。
その後、出勤したときに当時の校長先生からかけてもらった言葉が、「利き手じゃなくてよかったなぁ~」です。優しい校長先生でよかったです。 三学期の半分を先輩からもらったスージーズーの三角巾で腕をつっていました。腕が治りかけたころ、ドキドキの1年目が終わりました。
「晩酌止めました!」
2年目は、持ち上がりの5年生!
なぜか運動会を回すことになりました(前年度の主の先生が転勤)。
体育連盟の役をしなければならなくなりました。
そのため、年度当初から体育の朝会やらなんやかんやして、授業をすることも楽しく、休日出勤していたら…
体調を崩して、1か月ほど微熱が続き…
6月にして10㎏やせました。
だから、晩酌止めました!
それからは、調子よく過ごすことができました。
何とか運動会も無事に終えました。その後、2年間運動会を担当することになりました。
そういえば、リハビリをしたのですが、脱臼の影響で腕が上がりにくくなりました。
迷いに迷い、ドラッグスターを売ってしまいました。
2年目に受けた研修で、「手の面積を求める」授業がありました。全2時間ですが、2時間目にはPCを使わせました。この時が、初めてPCを使わせての授業になりました!
「涙、涙の卒業式!」
3年目も持ち上がり6年生!
2年目に引き続き、運動会の担当、体育連盟の役。
個人的に好きな歴史を教えられることに喜びを感じつつ、
初任から持った子たちとの最後の1年!
運動会、修学旅行、音楽会…
楽しい1年間をありがとう!
涙涙の卒業式!
になるはずでしたが、
緊張しすぎて、手と足が一緒に動く○○さん、全く違う将来の夢を語る○○さん、涙が出てこなくなりました!
最後には、クラスのみんなで寄せ書きをくれました。
ありがとう!!!
「電子黒板って便利」
この年から、電子黒板が導入されました!
再び6年担任でした!
同じ学年と言えども、はじめましての子どもたち!
新しいアイテム「電子黒板」を手に入れたので、授業の方法を大きく変えました!
・社会では、出来事のスライドを作成。
・パワポで連絡帳を映すことで、時短になりました!
校務分掌は、運動会!
体育連盟の役員は、なくなりました!
運動会、修学旅行、音楽会…楽しい時間を過ごしました!
あっという間の1年でした!
「文化の違いに圧倒されます。」
初めての転勤。開校5年目の小中一貫校へ。
「学校によってやり方が違う」ということがあることは聞いていましたが…中学校の文化も入っているので全く違う!
3年の担任でしたが、運動会の予行に衝撃を受け、毎回の行事に文化の違いを感じる1年でした!
「6」
6年担任になりました。6年目にして、半分が6年担任。
部活をしている6年生。
卒業式のない6年生。
2月に修学旅行に行く6年生。
初めてのことだらけの6年生でした。
「25」
少人数算数の担当になりました!
4年生の算数は、主に入り込み!
6年生の算数は、少人数分割授業、さらには理科まで!
給食準備中に始めた算数の学習時間。
算数が苦手なこと向き合い、どこにつまづいているのか?困り感はどこなのか?を考えるようになりました!
教材研究の数は減ったけれども、初めての担任外の動きに戸惑いました!
ちなみに、「25」は、週あたりの授業数です!
「25」
同じく少人数算数の担当になりました。
4年生は、半分くらいが分割。半分くらいがT1。
6年生は、少人数分割授業。
給食準備中の算数学習では、子どもたちの「できた!」の笑顔がたくさん見られてうれしかったです!
この年に結婚をして、妻が妊娠。悪阻がひどく、職場までの送り迎えをしました。少しでも効率よく、短時間でをモットーに働き始めました!
「プラマイゼロ」
3年担任になりました。子どもも産まれました。家も引っ越し、職場まで1時間くらいかかるようになりました!
このころから「働き方改革」や「業務軽減」という言葉を聞くようになりました。
持ち時間を減らしていただきましたが、専科でトラブルを持って帰ってきます。
教材研究は減って楽になるかと思いきや、トラブル対応が多かったので。プラマイゼロでした。
そして、コロナでの一斉休校になった1年でした!
「10分」
2回目の転勤。またしても小中一貫校。
初めての支援担任。
一斉休校からのスタート。
今までまあったものが当たり前でないことを感じました!
よく授業に入ったクラスの担任の先生は、授業が分かりやすく、面白く、みんなが意欲的に取り組むようにするベテランの先生でした。見習わなければならないことが多く、新しい発見がたくさんあった1年でした!
この年から娘が保育所に入りました。慣らし保育で慣らされず、追加での慣らし保育になりました。
保育所の送りとお迎えの役目を妻から命じられました。
保育所に子どもを預けての共働き!急なお熱やらありましたが、家から職場や保育所が10分圏内になり、とても助かりました!
「僕ですか…」
前年度の校務分掌は、研究部だったのに、教務主任に命じられました。3・4年の理科の専科で授業を持ちながらなのですが、なぜ僕なんでしょう?
コロナのこともあり、学校の予定を組み立てることが難しかったです!
Excelを駆使し、9学年の行事の時間割を作ったり、オンライン授業の不具合があったら対応したり、デジタル連絡帳の対応をしたりと担外ならではの動きをしていました!
「自称電気屋」
前年度に引き続き、教務主任です。
4年の理科と3年の社会の専科です。
この年から水泳が復活し、時間割が…
EXCELのVBAを使って、一斉印刷など、少しでもみんなの業務が軽減できるようにしていきました。
「タブレットの調子が悪いので見てください。」との相談を受けることが多く、自称電気屋を名乗り始めました!
「初・家庭科」
引き続き教務主任でした。
クラス数が増えての時間割の複雑化やオンライン授業やデジタル連絡帳の対応、電気屋業務を認められ、6年生の理科のみの専科になりました!
合間合間にQRコードでの提出物管理を作成しました。
2学期から欠員が出て、6年生の家庭科を持つことになりました。この6年生とは、3年目のお付き合いになるのですが、初めての家庭科を楽しく教えることができました!
「きよすたいる誕生」
引き続き教務主任で、5年生の社会の専科でした。
このころから、「マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)」になりるように勉強していこうと考え始めました!
「きよすたいる」を運営し始めたのもこの年です!
5年生なので、ある程度タブレットも使えるので、いろいろな活用方法を考えて実践しました。
「CO?」
教務主任の引き継ぎのことも考えないといけないなぁと考えていたら、支援教育コーディネーターになりました。教務主任の仕事を引き継ぎながらです。頭の使い方が別物なので、うまく回っていくかわかりません。
支援担任を1年しかしていないのに…
不安でしかないですが、コーディネーターの仕事をしつつ、支援的な立場でのICTの活用方法を考えていけたらいいなと思います。